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キーボードの逆襲

ロゴを作りました

2017年1月19日 Comments (0) Views: 226 Diary

キーボードを変え替えました

最近の配送ってすごいですね。深夜に注文したキーボードが朝一で配達されてしまう。このスピード感は快感を覚えるかというとそうではなくって、怖れすら感じます。

過剰なのかな?と思う事ってちょこちょこありますよね。めちゃくちゃ早いとか、めちゃくちゃ手が込んでいるとか、ものすごく気が利くとか。なんかそれって恋愛と同じなんですよね。そう思いませんか? お互いの関係がとってもいいならそのサービスは心地いいんですけれど、ちょっと過剰?と思い始めるとどんどん相手から気持ちが遠のいていく。そんなに早くなくてもいいから、そんなに手を加えなくてもいいから、そんなに気を遣わなくていいから。

そこでお互いが話し合ってどのくらいにするか調整できればいいんですけど、調整できないと関係は

破たん

しますよね。
もうまとわりつかないで!ってなりますよね。

これってお金の話も同じですよね。

いろいろなことをやるのに、お金の話ってとっても大切。たとえば誰かに仕事をお願いするときに「いくら」という話はしなくてはいけないですし、しないと相手が不安になってしまうかもしれないと思います(そもそも引き受けてくれないってことが普通です)。でも不思議なのが、一切お金の話をしなくても引き受けてくれるひとがいたり、教えようとしているのに、「別にいいよ」とお金の話をしたがらないひともいたり。ほんとに不思議です。昔はお金の話をするのがカッコワルイことだから、みんな話をしたがらないのかな?とおもったんですが、どうもそうではないみたいで。

アナタのお仕事なら多少安くてもやる、とか。
この前と同じくらいで安いんでしょ、でも困っているんでしょ?
とお仕事を引き受けてくれる人がいるんですよね。

結局のところ、相手の考えていることっていうのは分からないという話なのですが、こちらが考えていることよりもちょっと先に行っていたり、それ以上の温かさをもって接してくれていたり。好意だったり、楽しいから一緒にやりたいという人たちと一緒に仕事をすると、こころのそこから相手の好意にのっかっていいものか、いやいやしっかり返したいって気持ちが強くなります、私は。

最近時々思うのが、返すってことが参加することで終わっている場合が難しいんです。ボランティアで働いてもらっているのですが、一緒に働くことで対価を求めないということが結構あります。友達ができたり、わいわい騒いだり、おいしいお酒が飲めたり。それがあれば他は要らない、というひとたち。そんな素敵な人たちに「返したい」を謝礼を渡そうとしても、「いらない、参加するだけで楽しいんだよ」といわれちゃいます。

まだ自分が消化しきれてないだけなんですけどね。単純な話。

たぶん、こうゆうことなんだろうと思います。

一緒に何かすることが楽しくって集まっている人達は、これから先も何か楽しいことを一緒にできればいいんだよね。それでだんだんメンバーが増えて、時々楽しく飲めればいいじゃない。それで年に何回か、ご馳走してくれればもっと楽しいよね。ということかなと。

キングコングの西野さんがすごいことをしてますよね。
http://lineblog.me/nishino/archives/9256089.html
このブログを読んでいろいろなことを考えます。

そうか、無償にしなくてはいけないものもあるんだよなとか、
お金と切り離したことを1年にひとつはやりたいなとか。

生きている以上、どうしても誰かの力を借りなくてはいけないわけで、お金も絡んでくる。
それについてすぐには答えは出ないけれど、なにか楽しいことができるんじゃないか、
何か楽しいアイデアが生まれるんじゃないかという気がします。
(現在はアイデアを生まなくてはいけないという強迫観念に近いものを持っています、でも脅迫観念じゃダメなんだよねってことも感じていて、楽しみながら作っていくことが必要なんだろうなということもわかっているんですけどねー)

まぁ、今日はこんな感じです。

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