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大切な人を亡くすということ

アムロス

2017年9月21日 Comments (0) Views: 125 Diary

ブログを綴るということ

改めて考えるに、文章の流れとかを考えないで文章を書いていく場所、というものがとても少ないように思います(自分の周りでね)。Twitterではこんなハッシュタグをつけると拡散しすいかなーとか、短文でどれだけ目をとめてもらえるか、やっぱり写真が必要なんじゃないか、とか。そんなことばかり考えている自分がいます。仕事になっちゃっているんですよね。

電車を見るとみんなケータイ(最近はスマフォ、でしたね)をじっと見てる。こんなにも多くの人がスマフォをじっと見てる。無言で。面白い世界が広がっているわけです。自分はケータイをバッグにしまって、いろんな人の顔をじっと眺めることがあります。そんなときに、同じように社内でいろんなひとの表情を見ている人がいて、その人と目が合うと、なんか「どうも」的な会釈があって、面白いです。

脱線しましたね。とにかく文章を考えながら書くことが増えに増えたと思います。私は文章を書くのも仕事なので「しょうがない」とあきらめているのも事実なんですが、一般の人がものすごい量の文章を日々書いていますよね。ブログを書く人だって増えただろうし、SNS系だって頻繁にアップしているひと多い。それに活字離れなんて言葉が当たり前のように飛び交っていましたが(たぶん、活字離れって言葉は死語になったと思う)、いやいやそんなことは全然なくって、単に鉛筆などの筆記用具で書かなくなっただけのことで、スマフォで読むし、メールはものすごい数を日々送っているだろうし、とにかく活字から離れることはできないだろうなって思います。それほどに活字だらけの生活。

だってバラエティ番組を見たって、音声よりも文字を追っていることが多いでしょ?
(あれはどうしてなんだろうね、芸人さんがひっぱって面白くしているのに、時々、オチがテロップで流れちゃったりしてるし。。。。。なんかねー)。

ってここまで書いていて、文章を垂れ流してきて思うんです。この垂れ流しがとても心地いいんです。起承転結を考えないで文章を書くことのできる喜びというか。その場所を作っていこうと思いました。

もちろん、だれかを攻撃したり、だれかが不快になったり。それは絶対に避けようと思います(ときどき、注意していても全然考えもつかない方向の方がいやな気持になってしまうという可能性はゼロにはできません。その時はご指摘いただければ幸いです)。とりあえず、思ったことを垂れ流していこうと思います。

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