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おにぎり東京

2019年5月14日 Comments (0) Views: 140 book

あたらしい働き方

日本や世界にこんな働き方ができる会社があるよ、という一冊です。たとえば究極のフレックスタイムを採用しているパタゴニアとか、サイコロを振ることで給与にプラスアルファが生じる「サイコロ給」を採用しているカヤックなどが紹介されています。その根底には「仕事は厳しいもの」「我慢して耐え忍ぶもの」「大変なことを乗り越えないといけない」「我慢や心配だけが続く」といった昔から日本にある精神論的な仕事論からの離陸。テイクオフですかね。しかも、そのような考え方からあえて離れるという力点ではなく、そもそもが「仕事は楽しいものでしょ?」という文化があります。

パタゴニアはいい波が来ればたとえ会議中であってもサーフィンに行く。いい波が来ているんだからなんでサーフィンをしない?サーフィンを楽しんだあとに会議すればいいじゃないかという感じの会社です。とにかく裁量性が社員に認められていて、自然に合わせてサーフィンしてもいいという文化ができています。

サイコロ給は30万円のベース給の社員が6を出すと、30万×6%で1万8000円がプラスされるというもの。これはわくわくとした何かを仕事に加えることができないかという新たな試みを採用している会社として紹介されていました。

本書の冒頭に「楽しく面白く画期的に働き方を提案している会社であるけれど、どれもこれもその会社で求められるスキルを満たしている人物が入社できるものであって、楽して嫌なことはしないで生きていきたいと思っている人の夢をかなえるものではない」と書かれているのですが、その釘のさし方がとてもいい。スキルがある人は言ってしまえば独立して自分で会社を立ち上げたり、フリーランスとしてもやっていけるひと。つまり会社で働くことに”縛られて”生きていく必要はありません。でも、会社を立ち上げることはリスクであるので、独立を考えるわけではない人も多い。だから「あたらしい働き方」を提案する会社に人が集まる、という流れもあります(逆にスキルの高い人を集めるために、楽しいことをしている会社として人を集める、という方向性もある)。

それに加えて、印象的だったのはそのスキルのある人が集まる会社でいろいろな実験的なことが行われているのですが、お金ではなく、やりがいとか、楽しさとかがスタッフが追及しているということ。会社によってはあえて収益は上がっているが給与は一般的な金額に設定している、というところもありました。その会社の経営者がいうには「お金が欲しければほかに行けばいい。楽しくないかもしれないがお金を稼ぐことを目的にしている人が行くべき道はここで作る必要はなく、すでに用意されているし、弊社が頑張らなくても、お金を求める人を受け入れる会社はすでにある」という考え方でした。

「時短=善」という考え方もなく、好きなプロジェクトや好きな仕事に就いているひとが極端にいえば徹夜を続けても、それはそれであり、という文化を持つ会社もありました。徹夜で作業するのは楽しいからであり、没頭しているからであり、何もブラック企業だから徹夜して作業にあたるというわけでもない。好きなことをとことん進めているという方向性。

本書の後半になると「ではどうしてこのようなほかと違った組織ができるのか」という方向へ議論が進んでいきます。それは経営者が夢を語り続けることができるか、どうかにかかっているということが書かれていました。このひとと一緒に働いていると、昔夢物語のように話していたことが実現していく。その足跡を一緒に歩みたい、という人が(それもスキルのかなり高い人たち)集まってくるということが書かれていました。

誰しも仕事をするなら楽しいほうがいい。楽して巨額を稼ぐというのは違って、自分がなにかをしてそれに対して対価が生じていくことに喜びがある。そのために楽しく進んでいこうというスタイルをとらえて「あたらしい働き方」とまとめていました。

生活のために働くというのは結局のところ、お金のために働くということ。お金のために我慢する必要がある、仕事というのは一生懸命に取り組まなくてはいけない。この考え方は言ってみれば全国民中流階級という幻想を少しでも近づけるためのなんちゃってなルールだったのかもしれません。ミニマリストのようにものを減らす、とにかく支出を減らすことでお金を稼ぐことが目的としないように考えることもできますし、お金は二の次にして、自分の楽しいことを突き進んでいったら生活が回っているという生き方もあるというか、だんだんそれが本流となっていくんだろうと思います。売上目標が無理な数字であったら具体的にするために考える。無駄なサービスは自らつぶしていく。もちろん、続けることが善という考えもないし、楽しい・正しいということに向かって現実的な線で進んでいく流れが加速してほしいと思いました。

自分はフリーランスになってもうすぐ10年ですが、やっていることはかなりの間、会社員時代と同じことをしていました。それは生活のために仕事をするということ。そのために退職前に作っていた仕事の付き合いを大切にしていくことがかなり重要でした。それも確かに大切ですが、ここ2、3年で、ようやくお金にならなくても続ける仕事であったり、何か楽しそうだと飛び込むことができるようになりました。せっかくフリーランスになったのに、「今頃かよ」と自分で思います笑。

どうしてフリーになったのか考えてみました。そうしたらとても非常にシンプルなことが理由だとわかったんです。それは自分の力が及ばないところで仕事がなくなり生活が困窮しなくて済むように、という考えと、生涯現役でいたいということでした。いきなり会社に来たら会社がつぶれている、明日からどうすればいいんだと考える怖さ。それがありましたね。そして、65歳になったときに「明日から仕事をしなくていいよ」と言われたくなかったんだなと思います。

結局のところ、フリーだろうが会社員だろうが仕事がいきなりなくなるという恐怖からは逃げられません。でも、生涯現役でいられるという道は開けました。定年がないということの幸せ。これはなにものにも代えられません。誰かが自分のことを必要としてくれて、お金がもらえる。この素晴らしさは会社員では得られなかったと思います。とくに自分は会社にいると意外と染まるタイプですので、組織で働けないということもありませんでしたし。自分がゼロから企画してお金をもらうまでになる、この大変さは想像を絶するもので「億劫な」こととして映っていました。「フリーは大変だよね」という同僚もかなりいましたし。自分で企画してお金をもらうことはいわば狩りなんです。それができることでやっと一人前だと思います。タイプで違うと思いますが、僕は狩りが好きなんです。

昔所属した会社やその会社のつながり以外から、初めて仕事をいただいたときのことを今でも覚えています。それはホームページのデザインだったのですが、そのときのうれしさは今でも忘れることができません。そんなわけで、この本を読んで「どうしてフリーになったのか」を思い出す、いいきっかけをもらいました。

ちょっと脱線しましたが、この本を読んでどのような働き方があるのか、自分が会社を作るとき、今イベントで協力してもらっている多くのスタッフに対して、どのようなことが返せるのか、もしかしたらお金ではなく、ほかの何かを求めているのではないか、ということが考えられるようになりました。

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