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2020年6月12日 久しぶりの電車 はコメントを受け付けていません。 Views: 35 Diary

久しぶりの電車

いつ電車に乗ったんだっけ? そうまじめに考えるほどに、前回の乗車から時間が経ちました。

最後に乗ったのは2月28日(翌日は閏日だったんですね)。新宿から千葉へ総武線に乗っていました。前日は市川市でコロナウイルスのクラスターが発生していて、市川市を通過するときにドキドキしたことを覚えています。ホームに到着して、ホームに立っている乗客を見て、マスクをしていない人もちらほらといて、「昨日、クラスターが発生しているのに、全員マスクをしていると思ったけれど、こんなものなんだな」と思いました。

という自分もマスクはしていなかったんですけどね。まだ自分の意識も低くて、コロナはあまり猛威を振るわないんじゃない?なんて思っている頃でしたね。一言でいえば、自分のコロナ対策はぬるかった。そのすぐ後に息子が通っている小学校が休校になり、緊急事態宣言が出て、コロナ禍へと飲みこまれていきます。

それから3か月と10日ほどが経って、久しぶりに電車に乗りました。もちろん、マスクをして。ドキドキしてました。PASMOにはお金が入っていたっけ?まったくもってわからない。とりあえず、改札にタッチしてみる。700円くらいある。あー、よかったって。

人が少ない。こんなに少ないんですね。いけないことをしているような気になります。

ホームに電車が入ってきました。乗客も少ない。始発くらい。席は一つ空きが基本なのか、間隔を取っていて、それでも立っている人はほとんどいなくて、ガラガラな状態でした。いつもの癖で、扉横に立ちます。壁に身をゆだねるように寄りかかりながら。

席に座っている人を見るとほとんどの人はスマホをいじっています。3月にはスマホが感染源になると情報が出て、外ではなるべく触らない方がいいと番組では話していて。乗客のみなさんは普通に触っている。SNSとかでメッセージを送っていたり、音楽をきいていたり。それを凝視しているオレが一番異色な存在でした。

マスクをしているものの、コロナ前と人々がやっていること(活動?)はほとんど変わってないんですね。コロナ対策は恐れから日常に落とし込まれているというか。怯えのようなものは私にしかなくて、私以外の人は感染対策が体にしみいるほどに回数をこなし、そして感染しないことを証明し、日常を取り戻しているのだなと。ワタシは乗り遅れているのだなと無駄に焦ります。時間軸が違っているのが明らかというか。

あっ、肩を壁につけている。大丈夫かな?と急に不安になりました。座席に座っている人たちとは違うレベル(つまり低いレベル)でコロナと戦っていることがわかって愕然としたりして。

帰り。22時過ぎに新宿駅で電車を待ちました。急行なのに、待っている人はちらほらとしかいない。コロナ前なら座るために行列ができていて、座れるかなと不安になる時間帯だったのに、今日はほかに乗る人がいるのかな?と思うレベルでした。折り返しの電車が到着すると、缶ビールを片手に、マスクもしない人がいたり、酔っぱらって赤ら顔で、マスクをしていないひともちらほらしていたり。それが逆に日常というか、人間らしさが感じられて、ほっとしました。

台湾は感染者ゼロが60日間続き、飲食店はフル稼働だとか。東京がそうなる日は来るのかな。違う社会になるのか、復旧するのか、それはわからないですね。22時になると飲食店のシャッターが閉まっている新宿の街。今だけしか見られない風景なのか、これから当たり前になる風景なのか。写真やムービーを資料として納めておきたい衝動にかられます。

ふと気が付くと3か月も自粛生活をしていました。3か月も電車に乗らなくて仕事もできて(かなり数は減っているけれど)、今までの仕事のやり方ではなんとなく食えなくなることを肌で感じながら。何か進化するんだろうな。また書きます。

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